動機は「掲示板での荒らし」

10年07月28日 水曜日 01:52 » tag: 思考

http://www.jiji.com/jc/zc?k=201007/2010072700334&rel=j&g=soc
動機は「掲示板での荒らし」=本人質問で加藤被告-秋葉原無差別殺傷・東京地裁

 東京・秋葉原で2008年6月、17人を無差別に殺傷したとして、殺人罪などに問われた元派遣社員加藤智大被告(27)の公判が27日、東京地裁(村山浩昭裁判長)で開かれ、弁護側の被告人質問が行われた。加藤被告は「インターネット掲示板での荒らし行為などの嫌がらせをやめてほしかったことを、事件を起こして報道されることで知ってもらおうと思った」と動機を述べた。

ネットとリアルを一緒にするところが理解できないw
これは考え方で解決できる。

前提として、
・人間の価値観は皆違う。
・行動の目的も人それぞれ。

どこかで書いたけどw
リアルなら、出会った人のすべてが自分の価値観と合うわけないのは感覚的にわかるはず。
自分が気づかないうちに、そういうタイプの人間を避けているそんなものだ。

全体を10とするなら4:4:2=合う人:どうでもいい人:合わない人の割合。
有名になればなるほど、上記の割合のまま合わない人間も増える。
ネット上だとリアルでは出会うはずがなかった人間が出会うことになってしまうから、こんなことが起こる。
ついでに言ってしまうと、俺たちは出会う人間すべてに好かれることはできない。

ネット上で活動していく上で、合わない人間はスルーしていかないと時間がいくらあっても足りなくなってしまう。
それに自分は、合わない、どうでもいい人に対して応答できるほど暇ではないし、する気も起きない。

このような文章を書いている時間が暇じゃないのかと問うかもしれない。
これは暇つぶしではない。文章をまとめることで、自分の考え方を整理する。
要するに自己満足。自分のため。モチベーション、動機づけ。

すべての行動の理由は、個人の幸せの尺度に基づいたモチベーションに由来する。
よく勘違いしている人は、この尺度が自分と他人とで全く同じであると思っている。

価値観が違うと考えれば、合わない、どうでもいい人たちについて考えることが、手間がかかりすぎると思えてくる。
かかる手間とリターンを比較すると割に合わない。
つまり、無駄に見える。

仮に嫌いなものがあったとして、それに捕らわれ続けて生きている時点で負け。

どうでもいいものに捕らわれない生き方。
実はこれが一番簡単で楽な生き方。

インターネット中毒の非社会人が知るべき真実

10年06月15日 火曜日 09:29 » tag: 思考

真実を知ったところで多くの人は何もできない

http://anond.hatelabo.jp/20100613125658

・インターネットには真実が転がっているなんて考えは止めた方がいい。
・論理的に正しい事より、利害関係のバランスが取れていることのほうが重要だ。
・正しいことや筋の通った事を言ってたら評価されるべきだと考えるのは甘え。

俺と近しいこと言ってる記事がホッテントリに上がってる。

インターネットには真実が転がっているなんて考えは止めた方がいい

解決する気のない議論
加害者だったり被害者だとしても、誰もが物事を自分の都合の良いように捉え主張しようとする。

インターネットだけではなく、情報は基本的に捻じ曲げないとおもしろくない。
テレビや新聞は、お茶の間が期待するであろう解釈を報道する。
すべては需要と供給で成り立っていて、そこには誰かの利害が確実に絡んでいる。

論理的に正しい事より、利害関係のバランスが取れていることのほうが重要だ

詭弁を受け入れてしまう不思議
正しくないことが排除され、正しいことのみが行われるのなら、戦争は起こらないし犯罪も起きない。
むしろ、戦争を起こす側は、自分たちの行動が正しいと信じている。

解決する気のない議論
相手との利害関係をリスト化し、
自分の主張に問題点・妥協点はないのか考えることが必要。

論理的に正しいことを追及しても、議論は平行線を辿るだけ。

正しいことや筋の通った事を言ってたら評価されるべきだと考えるのは甘え

俺がいつも書いている「正論」も、すべての人間に理解されることは絶対にない。
正論は、個人によってカスタマイズされた日常に適用できないことが多いからだ。

そんな日常に正論を適応可能にするには、他人の考え方やノウハウを取り込んで正論を経験に置き換える必要がある。
つまり、正論は日常の状況をより認識するための言語化を助けるものだと言えないだろうか。

また、正論に限らず、「とにかく否定」してしまうと何もできなくなる。
重要なのは、提示された議題としての正論に対して、自分の意見を出力してみることにある。

状況を変えるには

自分の意見を持って、他人に思考を伝えないといけない。
自分の考え方がうまく伝えられないから、相手がゴミだというのは間違い。
説得には利害の調整を含む。
利害を無視する思考は、社会では通用しない。

そして、人の責任にしても状況は何も変わらない。
唯一己の意思で変えられるのは自分の考え方だけ。
状況を変えたいのなら、自分で行動を起こすしかない。

行動の手段は何でも構わない。
・愚痴り続けて、他人が行動するのを待つ。
・材料を用意して、自らプレゼンをする。
・利害調整、根回しを活用した説得の実行。

基本的に何をするかは個人の自由だから何も言えないけれど。
できるだけ状況を変えやすい手段を選択した方が賢いとは思う。

解決する気のない議論

10年06月09日 水曜日 14:37 » tag: 思考

互いに拒否して歩み寄らない会話の無意味さ

加害者だったり被害者だとしても、誰もが物事を自分の都合の良いように捉え主張しようとする。
このことから、互いに拒否して歩み寄らない会話に意味がないことが分かる。

互いの利害の中間点で妥協する提案を考えることをしない場合、
議論は平行線のまま進み決して交わることはない。

相手を説得し議論を解決させたいと願うのなら、
相手との利害関係をリスト化し、
自分の主張に問題点・妥協点はないのか考えることが必要。

それができない場合は一生自分の思考回路は前進しない。

結構、見かけるよね。
おそらくそういう人は、

判断するのをやめて、ストレスを軽減する
→判断するのをやめる
相手に合わせます。大概の相手はそれで納得します。
[例]そうですね、かわいそうですね。よしよし。

というような感じで、適当にやり過ごされていて、
自分を変える必要があることにすら気付けないんだろう。

判断するのをやめて、ストレスを軽減する

10年06月07日 月曜日 05:08 » tag: 思考

自分から疲労しにいくことを避ける

特定の物事について考えたり、興味のないことをするといったような、疲れる物事がこの世にはありふれています。

物事を全力で行うと疲れます。
めんどくさいことは、いい加減にして適当に過ごしてしまえばいいのです。
疲れを軽減し、本当にしたいことに全力を注ぎましょう。

と、そんなことを書けば非コミュだの社会的でないと反論が予想されます。
本当に必要な時に社会を利用するために、それは望みません。
それのクリアを前提として、適当に生きることを考えます。

疲れる状況が発生する

自分の精神が疲れる状況は、人によって違うので一般化は難しいのですが、
いくらかのパターンに分類が可能かと思います。

1. 自分の利害に関係する解決すべき問題
2. 自分の利害に関係しない解決すべき問題
3. 自分の利害に関係する解決しなくてもいい問題
4. 自分の利害に関係しない解決しなくてもいい問題

つまり、「自分に影響が及ぶのか」と「解決すべきなのか」ということがポイントです。

早急に解決して疲労を軽減

1. 自分の利害に関係する解決すべき問題
このパターンは深刻です。
逃げても状況の悪化が見込まれるので、最善の解決策を持って取り組みましょう。

考え方を変えてストレス軽減

3. 自分の利害に関係する解決しなくてもいい問題
解決する緊急性がないものだったり、解決する労力に対してリターンが少ない場合は、無視した方が疲れません。

適当にやり過ごし、真剣に考えているように見せかける

2. 自分の利害に関係しない解決すべき問題
4. 自分の利害に関係しない解決しなくてもいい問題

自分の利害に関係しない時点で、考える必要すらありません。
自分にとっては道端に落ちているゴミと同程度と考えても問題ないでしょう。

しかしながら、完全に無視することができない他人によって持ち込まれた問題に対して、反応が求められる場合があります。
この場合、無視すると人間関係を破壊します。

さらに、めんどうなことに問題というのは、下記条件の場合がほとんどです。
・解決しなくてもいい、むしろ解決することを望んでいない。
・自分にとってどうでもいいので真剣に考えるとストレスを蓄積させます。

このようなことからすべきことは、真剣に考えず、解決しなければいいのです。
解決すべきでない理由は下記になります。
・解決が望まれていない問題に、「判断」を持ち込むと話がややこしくなる。
・誰しも自分の主張が正しいと考えており、それを変えるのは難しく疲れる。
・自分の利害に関わらない問題が解決されても特にメリットはない。

→適当に応答する。
「Why」「How」文を使うことで、「相手に興味があります」と思わせることができます。
適当になぜ~ですか?と聞いてみましょう。
[例]どうやって、そんな年収になったんですか?どうすれば、僕もそんな年収になることができますか?

→適当に褒める。
すごいですね。と適当に褒めます。
褒めるだけでは、皮肉にも見えてしまうので、「適当に褒めた」後に「適当に応答する」するという連携を用いましょう。
[例]すごいですね、そのオーグメントはどこの地域でついたものなんですか?
連携、闇です。なんか真剣に会話しているように見えます。

→判断するのをやめる
相手に合わせます。大概の相手はそれで納得します。
[例]そうですね、かわいそうですね。よしよし。
心の中で、ばかなのしぬのと呟くことでストレスを解消します。

疲れることを避けて、ストレスを貯めない生活

わざわざストレスを貯めるように生きることは簡単です。
自分次第で何に対しても、見え方を変えることができます。

中傷の連鎖の仕組み

10年05月28日 金曜日 21:43 » tag: 思考

敵が増える仕組み

例えば、今回の中傷対象を特定の音楽アーティストAとしてみることにする。
Bが、Aを中傷する。
AのファンであるCが、Bを中傷する。
ここで、BがAだけでなく他の音楽アーティストA’についても中傷すると、そのファンをも敵に回すだろう。

他人に対して中傷すればするほど、それに関わる周囲の人間の利害を侵し、敵が増え続けることになる。

別次元からの敵の襲来

そして、このような記事を書く人間もいるので、別次元からさらに敵が増えていきます。

結論は中傷しないことですね。
すべきことは説得。相手の価値観を受け入れること。
できなければ、無視すること。

どうしても無視できなければ、匿名で何か書けばいいんじゃないですか?
まぁそのコメントに対して、中傷が降りかかるわけですがw
これが中傷の連鎖です。

中傷するのは、自分の意見を発表したいから

そもそもなぜ中傷するのか。
勿論、自分の意見を見てもらいたいからですよね。

しかしながら、自分の発言には、力も場もない。
結果的に、匿名として見えるところに考えを投下してみることになるのでしょうか。

その方法では他人に対して、多くの影響を与えることはできません。
匿名の発言は所詮ゴシップにすぎず、説得力がないからです。

下手をすれば、スルー、つまり無視されます。
存在しない。無かったことになるわけです。

他人に無視されず、他人に影響を与えるにはどうすればいいのか。
自分の意見を出力したい人は、その方法を考える必要があるのだと思います。

自分の意見に力を持たせる

中傷の連鎖を断ち切るには、Twitterとか実名ブログの運用でしょうか。
この実名サービスの運用では、変な文章を投下すると、みるみるうちにアクセス数が落ちます。
つまり、無視されることになります。

そうならないように対策を考えるので、運用していくにつれて思考が洗練されていきます。
その結果、匿名でいた時よりも思考のレイヤーが上がり、発言力も増していくことになります。

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