やる気が出ない人の心理学
http://d.hatena.ne.jp/nishiohirokazu/20110610/1307638587
なるほど。
心の疲れている人はできるかも知れないしできないかも知れないことを、ダメに決まっていると決め付ける
不思議なことに、出来ることをしない人に限って、いつまでもそのことにこだわる
出来ることをする人は自立心が強い。ダメに決まっているとなにもしない人は依頼心が強いそのうち誰かが解決してくれないかなー、運良く何かが起きて解決しないかなーと思っている。
他力本願、受け身で自分自身は何もしない。
だから、問題は解決せずに無限に文句を言い続けることになる。
将来が不安になるように自分を追い込む。
自分の生活を良くする行動を一切しないで、不満だ不満だと嘆く。
彼らにもチャンスはあった。
しかし行動しなかった。
チャンスを生かせないのは内面の問題であり、無気力である。
無気力な人と行動する人の違いは、可能性を諦めるか諦めないかの違いである。
僕が見たやる気のない人間は、自分が「価値のある人間」だと思い込んでいた。
そこにズレがある。
価値とは他者との能力差。
つまり、他者との比較の上に成り立つ。
それを無視すれば価値なんて、そもそも生まれない。
そうして、チャンスを逃す。
他者と自分を比較することから目を逸らすから、自分の位置が分からない。
だから、自分がチャンスを逃した理由も見えなくなる。
あきらめてしまった人はチャンスが来たということを理解出来ない。
チャンスがそこにあっても見えない。
ランガー教授がmindfulnessという概念を出している。
ひとつの視点からしか物事を見られないのがmindlessness、カテゴリーにとらわれずにいろいろのことを思いつくのがmindfulness。
我々はあまりに多くの出来ることをしないままにしている。
手段を思いつかなかったというだけでできないと諦めている。
ダメな理由を自分の都合の良いように考えて諦める。
他者が求める理由を見ないようにして。
他者が求める理由をクリアすればチャンスを物にできるはずだが、ダメな人間はそれをしようとしなかった。
ダメな人間にとっては、「時間はあったが、やらなかった」という事実が存在するから、それから目を背けるしかなくなる。
それを無意識に外しているから自分の責任ではないということになり、他人の責任にしようとするのか。
このような思考回路がそもそもの元凶で、もはやその人の生き方なら仕方ない。
自分への失望を抑圧しているから他人に対して高い基準を要求する。
抑圧したものを他人の中に見つけてそれを非難することで、自分の心の葛藤を解決しようとしている。
というように自分では考えていた。
もしかしたら、人間というのは基本的に努力せずに言い訳をするのが当たり前なのかもしれない。
僕は自分が言い放った言葉は必ず具現化する。
一度言い放った言葉を達成できなければ、次も達成できない可能性が出てきてしまう。
それは許されない。
そういった自分への失望の抑圧から、他人が一貫性を持たないことにイラついてしまうのか。
